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第三十回 「逃げ道が見つからないので、きんかんの甘露煮」

「オレがあなたの逃げ道になる」
ドラマのなかの、プロポーズのことばに
不覚にも心を奪われそうになったが
われに返った。

…あかん、あかん。

どうも、心が弱っているようだ。
通常の私なら
「は?あんたの逃げ道のむこうには、何があるんじゃいっ」
もしくは
「自分の逃げ道ぐらい、自分で見つけるわいっ」
とつっこむところなのに。

いろいろやっかいなことが重なると、
ここではないどこかに
逃げてしまいたいと思う。
しかし、わかっている。
ここではないどこかに逃げたところで、
またそこで厄介なことは起きる。

それならせめて、
自分で見つけた逃げ道でないと後悔する。
だいたい、
「オレがあなたの逃げ道になる」
なんて甘いこと言う男をあてにしたらダメだ。
そういう男は、
自分のことばに酔っているだけだ。
結局、そういうことを言っている
「自分自身」が好きなだけ。
そんな奴は、人をちゃんと愛せない。
そんなこと、もう身に染みてわかっている。

こんな時は、
いったん心を空っぽにしたほうがいいと
教えてくれた人がいた。

その人は、座禅や瞑想をすすめてくれたのだが、
何度試しても私にはできなかった。
何も考えずにいようとすればするほど、
邪念や邪推やそのほか
どよどよした思いが湧いてくるのだ。

釣りをしている時は
無になれると言う人もいた。
なかには、
あのうるさいパチンコ台を前にすると
無になれるという人もいた。
釣りもパチンコも、
1回くらいしかやったことがないが、
多分私は、釣り糸を垂れれば
「大物よ、かかれっ」
パチンコをすれば
「儲けたい!」と欲の権化となって
無の境地とは
ほど遠いところに行きそうな気がする。

結局行き着いたのが、
料理を作ることだった。
それも、作ったことのない、
できるだけ手順の面倒くさいレシピのもの。

グリーンピースの豆を剥いたり、
銀杏の殻をわって、皮を剥いたり、
蕗を茹でて筋を取るという単純作業が好きだ。
そういえば、
そんな作業をしているときは
な~んにも考えていない。

煮炊きしているときも、
ただただ、
鍋の様子を見守ることに集中している。
作ったことのない料理だとなおさら
真剣に集中して作らないと失敗する。

そんなわけで、
今が旬のきんかんで、甘露煮を作ることにした。
以前、友人手製のをもらったことがある。
口にふくむと、ほろっとほどける果肉と
じゅわっとしみる果汁。
煮汁にお湯を足して飲んでも美味しかった。
でも、面倒くさそうだったので
自分でしたことはなかった。

きんかんを洗って、ヘタをとり、
たてに切り目を何カ所かいれて
2回茹でこぼし、
切り目から竹串をつかって種をとりだし、
ひたひたのお水に、
きんかんの半量の砂糖をいれて
あくを取りながら、
ひたすらコトコト煮る。

いいじゃないか。
いらんことを考えなくてすむ。

保存用のガラス瓶の煮沸消毒もしなければいけない。
メンドクサイことが、
逆にこういうときにはいいのだ。

調理中のきんかんの爽やかな香りが
気持ちを落ち着かせてくれる。

ひとつひとつの作業を
ゆっくり丁寧に楽しんでやってみた。
初めて作ったにしては上出来の
甘露煮ができた。

何も考えず、ただきんかんと向き合って
静かに過ごす時間は
私にとって
座禅や瞑想をしているのと同じなのだと思う。

あら熱をとったきんかんの甘露煮を
ガラス瓶につめる頃には
弱った心が少しだけ前向きになっていた。

逃げ道を見つけるより、
立ち止まって受け入れて、
時期を待ってみるのも
いいのかもしれないと思っている。

とりあえず、「オレがあなたの逃げ道になる」
なんてことを言うような奴には
騙されないようにしようと思う。

きらきら輝くきんかんの甘露煮の、
ほろ苦さと甘さが
じんわりしみた。

- Profile -

東 千絵

東 千絵 (ひがし ちえ)

「プロダクション・アーニング」代表。CM・番組ナレーション、イベント出演、司会、映画・ドラマの方言指導などを手がけるかたわら、地元の演劇集団K-CATに所属。
電子書籍「そうだったのか、日本食」など、ライターとしても活躍の場を広げている。

バックナンバー

4月1日 第三十一回 「ドラマオーディション体験記」
3月1日 第三十回 「逃げ道が見つからないので、きんかんの甘露煮」
2月1日 第二十九回 「そのドアを開けてはいけない」
1月1日 第二十八回 「正月支度」
12月3日 第二十七回 「劇処 シャッフルステージ」
11月1日 第二十六回 「乗っかりそびれたハロウィン」
10月4日 第二十五回 「女って、生きているかぎり闘い続けるものなのよ」
9月3日 第二十四回 手塩にかけたナレーターたちのデビュー
8月1日 第二十三回 大人、大人、言いすぎじゃないの?
7月5日 第二十二回 靴が見つからない
6月8日 第二十一回 地獄の抑止力
5月3日 第二十回 最後まで笑顔
4月3日 第十九回 桜を見ずに逝った人
3月1日 第十八回 うるう年の薔薇
2月1日 第十七回 奥手な女子の初バレンタイン
1月2日 第十六回 愛しの近江町市場
12月1日 第十五回 どのツラさげて
11月1日 第十四回 結婚式の思い出
10月1日 第十三回 輝きの秘密は、言わぬが華
9月1日 第十二回 魔女と仙女と魔法使い
8月1日 第十一回 去っていった古女房
7月1日 第十回 恥ずかしかった誕生日の夜
6月1日 第九回 撮影裏ばなし
5月1日 第八回 歌うシンデレラと、歌えない仙女
4月1日 第七回 台湾、満喫、満足、満腹の旅
3月1日 第六回 熟年サラリーマンのプラトニックラブ
2月1日 第五回 報われないけど、やり甲斐のある仕事
1月1日 第四回 泣きたいときは泣いてもいいのか
12月2日 第三回 持てあました、夢見る権利
10月30日 第二回 煙草とトワレ
10月1日 第一回 ヒロインはいつもリカちゃん