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第二十九回 「そのドアを開けてはいけない」

ここ最近同じ失敗をしている。
どうして、こう懲りないのかと思うのだが、
気づけばまた、同じ失敗をしている。

うちは人の出入りが多い。
ナレーター講習や、朗読レッスンで、
5~6人がそれぞれ
毎週または隔週にやってくるし、
友人が遊びに来ることも多い。
うちを訪ねる人たちは
私が時間にうるさいことを百も承知なので
約束した時間ぴったりにやってくる。

うちのインターフォンは旧式。
画像は写らない。
チャイムが鳴ると受話器をとって応対する。

ふつうなら
来訪者が名乗るのを待つのだろうが、
せっかちで早とちりの私は、
誰だか確認もせずに、
「入らんか、入らんか~」とか
「いらっしゃい!入って♪」と
いきなり愛想良く招きいれる。

で、これが失敗を招く。

てっきりその時間に約束している
友人や後輩だと思い込んでいたら
セールスや宅配便のお兄さんだったり、
新興宗教の勧誘のオバサマだったり、
民生委員のおじさまだったりするのだ。

先日も、かの有名な
×××の証人の勧誘のおばさんに
「待っとってんよ~。はよ、入って!」
と言ってしまった。

ドアを開けるとそこには
戸惑いまくりながら、
半笑いをして小冊子を握りしめて佇む
真面目そうなオバサマがふたり。

「あ」
と、言ったきり固まる私。
ふだんなら、×××の証人の方へは
「興味ありません」
「今、天麩羅あげてますから」
「実家が寺です」などなど
けんもほろろな対応をしているというのに。

多分、このオバサマたちも、
そういう冷遇に慣れていることだろう。
「待っとってんよ~」と言われたら
多分、間違いだとわかったのだと思う

「なんか、ごめんなさい。人違いされたんですよね?
 でも……よかったら、これお読みください。」
と、例の冊子を差し出して
逆に遠慮がちにそそくさと帰っていかれた。

宅配便のお兄さんやオジサンは、
だいたい担当が決まっているので
まぁまぁ顔見知りとはいえ、
いきなりの私のフレンドリーさに戸惑うようだ。

まぁ、誰だか確認したところで、
若い頃はもっと手ひどい失敗をしていた。

新婚の頃住んでいた部屋には
インターフォンなどなかった。
チャイムが鳴ったら、ドア越しに
「どなたですか?」と訪ねて
開けるかどうか判断してドアを開ける。

21歳で結婚した私は
筋金入りの世間知らずだったし、
悪い人が訪ねてくるなんて信じられない
無防備な小娘だった。

「保健所のほうから、
 新婚さん向けに保健指導にまいりました」
という白衣をまとったおばさんを
招き入れてしまった。

保健指導という名目で、次々と
怖ろしい性病の写真を見せられたうえで、
性病予防には避妊具が必須。
それも品質の良いものを使わなければならない
ということで
現在使っている物を見せろと言われた。
今ならさすがに、おかしいと気がつくのだが、
当時の私は正直に差し出した。
で、おばさんはなんの躊躇もなく封を切り、
とりだしたものを白い紙にぐりぐりこすりつけ、
「ほら、これ、品質がよくないからこんな油シミができるのよ」
ともっともらしい顔で言う。
「こんなの使っていたら、あなたの身体が危ないのよ」

賢明な読者の皆さんなら、お察しのとおりである。

このあと私は、現金3万円も出して
高額な避妊具を大量にまとめ買いすることとなる。
帰宅した夫に、淡々と説教されるまで、
私は自分が騙されたことに気がつかなかった。
当時は、クーリングオフ制度なども整備されておらず、
3万円は泣き寝入り。

そのすぐ後、
「消防署のほうからきた」制服のおじさんからは
高い消火器を買わされ、
「企業局のほうからきた」という作業着のお兄さんに
ニセの風呂釜の点検をされて
5千円をまきあげられた。

「近くで工事をしている者です、トイレを貸していただけますか」
という作業服のお兄さんを家に招きいれて、
トイレを貸したこともあった。
もしかしたら、それが強盗だったり、
泥棒の下見だったりした可能性もある。

今ならぜったいドアを開けないのだが、
当時の私はホントに愚かだった。

今はそれより少しは賢くなったし、
世間もわかってきたつもりではあるが、
やはり、ドアの向こうの人への応対は
気をつけないといかんなぁと
痛感している日々である。

- Profile -

東 千絵

東 千絵 (ひがし ちえ)

「プロダクション・アーニング」代表。CM・番組ナレーション、イベント出演、司会、映画・ドラマの方言指導などを手がけるかたわら、地元の演劇集団K-CATに所属。
電子書籍「そうだったのか、日本食」など、ライターとしても活躍の場を広げている。

バックナンバー

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9月1日 第三十六回 「苦手は、悪知恵で乗りきった」
8月1日 第三十五回 「命の終わらせ方」
7月1日 第三十四回 「お酒と私」
6月1日 第三十三回 「千里の道も一歩から」
5月1日 第三十二回 「女ごころの最後の悪あがき」
4月1日 第三十一回 「ドラマオーディション体験記」
3月1日 第三十回 「逃げ道が見つからないので、きんかんの甘露煮」
2月1日 第二十九回 「そのドアを開けてはいけない」
1月1日 第二十八回 「正月支度」
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11月1日 第二十六回 「乗っかりそびれたハロウィン」
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2月1日 第十七回 奥手な女子の初バレンタイン
1月2日 第十六回 愛しの近江町市場
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