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第十九回 桜を見ずに逝った人

15年来のつきあいになる、事務所の大切な後輩が
41歳の若さで急逝した。
くも膜下出血だった。

突然倒れたという報せをうけ、
病院に駆けつけたときにはすでに意識がなく、
呼びかけになんの反応もなかった。
病院に運び込まれたときに、
いったん心肺停止状態になっていたとも聞いていた。
それでも、それから1週間近く彼女は頑張った。
最後の最後まで、
奇跡が起きて
意識が戻るのではないかと信じていたけれど、
彼女は逝ってしまった。

葬儀は、生前からの彼女の希望とご家族の思いで
宗教にとらわれない自由葬で行うことになった。
彼女にゆかりの深い人たちが協力して、
手作りの「お別れ式」を執りおこなった。
彼女の人柄と、活動範囲の広さなどで、
会場にあふれんばかりの弔問客が集まった。

長年パーソナリティーを務めていたラジオ番組の
オープニングトークから始まり、
出演した朗読会の映像や、
舞台公演の写真などが流された。

私は弔辞を読んだ。
順番が逆だよ。
ほんとは、あなたが私の葬儀で弔辞を読むべきなんだよ。
遺影に向かって語りかけていると、
そんな思いがあふれてきて、
泣くまいと決めていたにもかかわらず、
やはり最後は声を詰まらせてしまった。
自分よりも14歳も若い彼女への
弔辞を読むことになるなんて、
付き合い始めた頃には思いもよらないことだった。

彼女とは、毎朝スケジュール確認のための
メールのやりとりをしていた。
彼女がいなくなった今も、
決まった時間になると思わず、
彼女宛のメールを打とうとしてはっと我に返る。

テレビやラジオから、
生前収録したCMナレーションが
ふつうに流れてくると、
彼女はまだ生きているような気になってくる。

まだ、私は彼女の死をうけいれることができず、
途方に暮れている。

事務所の今後のことも考えていかねばならない。
夫との死別、
事務所の大黒柱だったナレーターの突然の独立、
娘との決別、
母の認知症状と寝たきり状態。
数年に一度、こうして起こる出来事を
それぞれ、受けとめ、受け入れ、受け流し、
なんとか乗り越えてきたつもりだったけれど、
さすがに、今度のことは
心身共にこたえている。

それでも、お腹がすけば何かを口にするし、
テレビをみていて、クスッと笑ったりもする。

案外、人は強いものかもしれない。

この文章を書いているとき、
家の前の桜の木が満開になった。

私はあと、幾たび
桜の季節を迎えることができるだろうか。

先に逝ってしまった
夫や兄や彼女のことを思いながら観る今年の桜は、
いつもより儚く見える。

- Profile -

東 千絵

東 千絵 (ひがし ちえ)

「プロダクション・アーニング」代表。CM・番組ナレーション、イベント出演、司会、映画・ドラマの方言指導などを手がけるかたわら、地元の演劇集団K-CATに所属。
電子書籍「そうだったのか、日本食」など、ライターとしても活躍の場を広げている。

バックナンバー

10月1日 第三十七回 「またね!」
9月1日 第三十六回 「苦手は、悪知恵で乗りきった」
8月1日 第三十五回 「命の終わらせ方」
7月1日 第三十四回 「お酒と私」
6月1日 第三十三回 「千里の道も一歩から」
5月1日 第三十二回 「女ごころの最後の悪あがき」
4月1日 第三十一回 「ドラマオーディション体験記」
3月1日 第三十回 「逃げ道が見つからないので、きんかんの甘露煮」
2月1日 第二十九回 「そのドアを開けてはいけない」
1月1日 第二十八回 「正月支度」
12月3日 第二十七回 「劇処 シャッフルステージ」
11月1日 第二十六回 「乗っかりそびれたハロウィン」
10月4日 第二十五回 「女って、生きているかぎり闘い続けるものなのよ」
9月3日 第二十四回 手塩にかけたナレーターたちのデビュー
8月1日 第二十三回 大人、大人、言いすぎじゃないの?
7月5日 第二十二回 靴が見つからない
6月8日 第二十一回 地獄の抑止力
5月3日 第二十回 最後まで笑顔
4月3日 第十九回 桜を見ずに逝った人
3月1日 第十八回 うるう年の薔薇
2月1日 第十七回 奥手な女子の初バレンタイン
1月2日 第十六回 愛しの近江町市場
12月1日 第十五回 どのツラさげて
11月1日 第十四回 結婚式の思い出
10月1日 第十三回 輝きの秘密は、言わぬが華
9月1日 第十二回 魔女と仙女と魔法使い
8月1日 第十一回 去っていった古女房
7月1日 第十回 恥ずかしかった誕生日の夜
6月1日 第九回 撮影裏ばなし
5月1日 第八回 歌うシンデレラと、歌えない仙女
4月1日 第七回 台湾、満喫、満足、満腹の旅
3月1日 第六回 熟年サラリーマンのプラトニックラブ
2月1日 第五回 報われないけど、やり甲斐のある仕事
1月1日 第四回 泣きたいときは泣いてもいいのか
12月2日 第三回 持てあました、夢見る権利
10月30日 第二回 煙草とトワレ
10月1日 第一回 ヒロインはいつもリカちゃん