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第十七回 奥手な女子の初バレンタイン

いつのまにか盛り上がり具合は、
ハロウィンに抜かれてしまった感はあるとはいえ、
やっぱり、なんだかんだ言っても
バレンタイン。

正月気分が抜けたと思えば、
デパートには
バレンタイン特設売り場も作られて、
購買意欲を刺激しまくっている。

自分用に、ふだん買えないような
高級チョコを買ったり、
友だち用に友チョコなるものを買ったり、
女は理由をつけて買い物をするのが
好きなのかもしれない。

バレンタインデーに
チョコを渡すというのは、
私が小学校高学年あたり
(今から45年ほど前!)から
ぼちぼちと広がっていったように記憶している。

小6のとき、おませな同級生が
隣のクラスの男子に
チョコを渡した、渡していないのうわさに、
私を筆頭とした奥手グループ女子たちが
ざわざわしたことを覚えている。
当時は、チョコを渡す=愛の告白だったので、
地方都市の小学生が、チョコを渡すというのは
それはそれは、すごいことだったのだ。

だいたい、女性から告白するということも、
珍しいことだった。

バレンタインデーは、年に一度、
女子から告白できるチャンスの
大きなイベントであった。
義理チョコ、友チョコ、
自分チョコなんてことばはなかった。

渡すチョコはすべて、本気チョコ。
本気と書いてマジと読むってやつ。

おませではなかった私が、
その本気チョコを渡したのは、中3だった。

月に一度の席替えで、
なぜか何ヶ月も続けて隣の席になったMくん。
成績はいいのに、
どこか抜けているところがあり、
しょっちゅう教科書を忘れてくる。
そのたびに
机をくっつけて一緒に教科書を見た。
居眠りをすることもある彼を、
そっと鉛筆でつついて起こすこともあった。
そのかわりに彼から、
数学を教えてもらったりなんかするうちに
「あれ?あたし、Mくんのこと好きかも?」
という気分になった。

小5から中2まで
ずっと片思いをしていた子がいたのだが、
こっぴどい振られ方をして、
かなり傷心の日々を過ごしていた。
そんななか、Mくんはとてもとても優しくて、
話していると楽しかった。

成績優秀のMくんはトップクラスの進学校志望。
イマイチ成績が伸び悩んでいた私は手堅く
中堅どころの学校を受験することになっていた。
もうじき卒業して、離ればなれになってしまう!
そんな、なんだか差し迫った雰囲気も手伝って、
私は、Mくんに告白することにしたのだった。

当時のバレンタインは、朝のうちに
下駄箱や机のなかに忍ばせておくか、
休み時間に、ひとけのない所に呼び出して
こっそり渡すか、
放課後、帰り際を待ち伏せして渡すかだった。

いろいろ悩んだすえ、
放課後、ひとけのないところに来てもらって
直接渡すことにした。
なぜか、私が選んだひとけのない場所。
それは、美術準備室の前。

「放課後、美術準備室の前に来て」

昔から滑舌は良かったとはいえ、
美術準備室って、けっこう言いにくい。
なぜわざわざそこにしたのだろう?
私も彼も、美術部ではないし、
特別美術が好きだったわけでもない。
なぜ、そこを選んだのか、
当時の私に聞いてみたい。

とにかく、すごくドキドキしたのと、
Mくんが耳まで真っ赤になったのだけは
はっきり覚えている。

その後も、何人かの人に
本気チョコを渡しているのだが、
あんなに真っ赤になったのはMくんだけだ。

バレンタインデーが、
今のようなお祭り騒ぎではなく、
まだ厳粛な告白の日だった頃の
甘酸っぱい思い出である。

- Profile -

東 千絵

東 千絵 (ひがし ちえ)

「プロダクション・アーニング」代表。CM・番組ナレーション、イベント出演、司会、映画・ドラマの方言指導などを手がけるかたわら、地元の演劇集団K-CATに所属。
電子書籍「そうだったのか、日本食」など、ライターとしても活躍の場を広げている。

バックナンバー

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9月1日 第三十六回 「苦手は、悪知恵で乗りきった」
8月1日 第三十五回 「命の終わらせ方」
7月1日 第三十四回 「お酒と私」
6月1日 第三十三回 「千里の道も一歩から」
5月1日 第三十二回 「女ごころの最後の悪あがき」
4月1日 第三十一回 「ドラマオーディション体験記」
3月1日 第三十回 「逃げ道が見つからないので、きんかんの甘露煮」
2月1日 第二十九回 「そのドアを開けてはいけない」
1月1日 第二十八回 「正月支度」
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11月1日 第二十六回 「乗っかりそびれたハロウィン」
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8月1日 第二十三回 大人、大人、言いすぎじゃないの?
7月5日 第二十二回 靴が見つからない
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5月3日 第二十回 最後まで笑顔
4月3日 第十九回 桜を見ずに逝った人
3月1日 第十八回 うるう年の薔薇
2月1日 第十七回 奥手な女子の初バレンタイン
1月2日 第十六回 愛しの近江町市場
12月1日 第十五回 どのツラさげて
11月1日 第十四回 結婚式の思い出
10月1日 第十三回 輝きの秘密は、言わぬが華
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7月1日 第十回 恥ずかしかった誕生日の夜
6月1日 第九回 撮影裏ばなし
5月1日 第八回 歌うシンデレラと、歌えない仙女
4月1日 第七回 台湾、満喫、満足、満腹の旅
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12月2日 第三回 持てあました、夢見る権利
10月30日 第二回 煙草とトワレ
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