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第十五回 どのツラさげて

12月12日に出演する「ラブ・レターズ」という、
朗読による二人芝居の稽古をしている。
アンディとメリッサが
50年間交わした手紙の朗読だけで、
ふたりの人生を浮き彫りにしていく。
幼なじみのふたりの、時に交わり、時にすれ違い、
絡み、ほどけていく心。

アンディは、温かい家庭に育ち、
善良で優秀で穏やかで包容力がある。
ただし、真面目すぎて面白みに欠けていたり、
守るものが多すぎて、
小心者でずるい部分もある男。

メリッサは、裕福だが家族愛に恵まれない。
感受性が強く、喜怒哀楽が激しくて、
繊細なガラス細工のような心を
エキセントリックな行動で隠している。

幼い子どもの頃から熟年までを、
2時間のなかで演じ分けていくという、
やり甲斐のある役だ。

ずっと、やりたい!やりたい!
と思っていた作品ではあるが、
実現することになって稽古していると、
自分が絶対口にしないような台詞が
たくさん出てくることに改めて気がついた。

「お返事待ってます。あなたの愛も」
「私を愛して」
「あなたがいなくちゃダメ」

今までの人生で、一度も口にしたことのないことば。
「私を愛して」とか、
「あなたがいなくちゃダメ」と言えるのは、
愛してもらえる自信があるからだ。

若くなくなっても、美しくなくても恋はする。
でも、そのときは
伝えることばを慎重に選ぶ。
自分に似合わない、不釣り合いなことばではなく、
身の丈にあったことばで
遠慮がちにそっと自分の思いを伝える。

「あなたといると、あっという間に時間がたつ」
「また、会える?」
ちんちくりんの小太りおへちゃの
熟年女が言えるのは、
せいぜいこんなものだ。

言えるものなら言ってみたい
「私を愛して」なんて、
多分、一生言えないだろう。

これまで演じてきた芝居でも、
こんな台詞を言う役柄はなかった。
日常で言えないことを
芝居のなかで言えるのは
幸せなんじゃないかと思っていたのだが、
ところがどっこいだった。

ふとした瞬間に、
「わ!どのツラ下げて言っているんだ!」
と我に返ってしまうのだ。

せめて朗読ではなく、ストレートプレイの
大きな劇場の舞台ならば、
メイクや衣裳や舞台装置や、
自分の身のこなしで、
そんな女に見えなくもないようにできそうな気がする。

しかし、今回は
照明も変わらず、セットもなく、
会場は30人ほどでいっぱいになる小さな空間。
手の届くような場所にお客さま。
違和感を感じさせずに
やれるのだろうかと不安になる。

自分の気持ちだけが前のめりになって、
やってるつもりの自己満足な仕上がりは
なんとしても避けたいものである。

しかも、メリッサはダブルキャスト。
翌日13日、メリッサを演じるのは
20代前半の若くて美しいお嬢さん。
うむむむ。

『声だけ絶世の美女』の異名をとる私なので、
とりあえず、違和感を感じそうなお客さまには
目をつぶってお聴き下さいと伝えておこうか…
いやいや、それはいかんだろう。

そんな悩みを抱えつつ、
「私を愛して」
「あなたがいなくちゃダメ」が
似合う女の人生を追体験している。

「LOVE LETTERS」
A.R.ガーニー 作  青井陽治 訳
12月12日(土)19時30分(開場19時)
出演・水上猛之  東 千絵
音楽・清水史津
金沢文芸館(金沢市尾張町1丁目7-10)
入場無料
定員30名(事前予約可)
主催 水上猛之(お問い合わせ miro@dragon.plala.or.jp)

- Profile -

東 千絵

東 千絵 (ひがし ちえ)

「プロダクション・アーニング」代表。CM・番組ナレーション、イベント出演、司会、映画・ドラマの方言指導などを手がけるかたわら、地元の演劇集団K-CATに所属。
電子書籍「そうだったのか、日本食」など、ライターとしても活躍の場を広げている。

バックナンバー

10月1日 第三十七回 「またね!」
9月1日 第三十六回 「苦手は、悪知恵で乗りきった」
8月1日 第三十五回 「命の終わらせ方」
7月1日 第三十四回 「お酒と私」
6月1日 第三十三回 「千里の道も一歩から」
5月1日 第三十二回 「女ごころの最後の悪あがき」
4月1日 第三十一回 「ドラマオーディション体験記」
3月1日 第三十回 「逃げ道が見つからないので、きんかんの甘露煮」
2月1日 第二十九回 「そのドアを開けてはいけない」
1月1日 第二十八回 「正月支度」
12月3日 第二十七回 「劇処 シャッフルステージ」
11月1日 第二十六回 「乗っかりそびれたハロウィン」
10月4日 第二十五回 「女って、生きているかぎり闘い続けるものなのよ」
9月3日 第二十四回 手塩にかけたナレーターたちのデビュー
8月1日 第二十三回 大人、大人、言いすぎじゃないの?
7月5日 第二十二回 靴が見つからない
6月8日 第二十一回 地獄の抑止力
5月3日 第二十回 最後まで笑顔
4月3日 第十九回 桜を見ずに逝った人
3月1日 第十八回 うるう年の薔薇
2月1日 第十七回 奥手な女子の初バレンタイン
1月2日 第十六回 愛しの近江町市場
12月1日 第十五回 どのツラさげて
11月1日 第十四回 結婚式の思い出
10月1日 第十三回 輝きの秘密は、言わぬが華
9月1日 第十二回 魔女と仙女と魔法使い
8月1日 第十一回 去っていった古女房
7月1日 第十回 恥ずかしかった誕生日の夜
6月1日 第九回 撮影裏ばなし
5月1日 第八回 歌うシンデレラと、歌えない仙女
4月1日 第七回 台湾、満喫、満足、満腹の旅
3月1日 第六回 熟年サラリーマンのプラトニックラブ
2月1日 第五回 報われないけど、やり甲斐のある仕事
1月1日 第四回 泣きたいときは泣いてもいいのか
12月2日 第三回 持てあました、夢見る権利
10月30日 第二回 煙草とトワレ
10月1日 第一回 ヒロインはいつもリカちゃん