ふだんは、ナレーションの仕事が圧倒的に多いのだが、
年に数本くらいは、CM出演の仕事の依頼もある。
先日、某温泉地の某ホテルのCM撮影に行ってきた。
遠隔地なので、一泊二日の仕事。
依頼をうけたときに、
「もしかしたら、入浴シーンを撮らせていただくかもしれないですが
大丈夫でしょうか?」
との確認があった。
今よりもう少し若いときに、県外の制作会社から、
「ぽっちゃり熟女の温泉レポート」をしませんか?
という依頼があった際は丁重にお断りした。
しかし今回は、長年お世話になっている
地元の制作会社からのお仕事。
アラフィフのこんな私の入浴シーンでお役にたてるのなら、
ひと肌脱ぎましょうという気持ちになった。
もちろん、水着を着てその上にバスタオルを巻いての撮影なので、
まぁ、どうってことないだろうという楽観もあった。
15秒という時間のなかで、
ホテルの全景、部屋からの景色、ロビーの様子、
お風呂、食事シーン、満足して帰宅する様子などをいれこむので、
入浴シーンなんて、
どうせ瞬きをするほどだろう。
早朝に金沢を出て、昼過ぎに到着。
さっそく温泉の浴衣に着替えて食事シーンの撮影。
オープンキッチンに立つ板前さんたちは、
みんな爽やかなイケメン揃いだ。
おそらく、厨房のなかから撮影用に選りすぐった
イケメンメンバーなのではないかと思う。
お肉や天麩羅に舌鼓を打つシーンは、
一応ホントに食べる。
考えてみたら、私は食事シーンの撮影は初めてだった。
カメラテスト、リハ、本番、
浴衣を着替えてまた同じことを繰り返す。
口のなかはお肉の脂と天麩羅の油でぎらぎらしてくる。
ああ、目の前のビールで洗い流したい。
しかし、この撮影では飲まない設定。
みるみる泡がしぼんでいくビールを
見栄えをよくするために割り箸でかきまわしたり
塩をいれたりするスタッフの皆さん。
そんなこんなで、
なんとか一般のお客様が利用される時間の
ギリギリ前に撮影を終える。
1日目は、これで終了。
あとは、ホテルの食事をスタッフの皆さんと楽しくいただく。
ようやくビールにもありつけた。
しかし、翌朝には入浴シーンが待っているので、
あんまりがばがば飲んで顔がむくんだり、
腹が出っ張ったりしてもなんなので
1杯だけにするささやかなプロ意識。
温泉の湯を楽しみ、共演のモデルさんと
女子トークを炸裂しつつ無事1日を終えた。
翌朝、温泉の朝食を堪能したら、
部屋でくつろぐシーンを撮り、いよいよ入浴シーンである。
用意していただいた水着が、
比較的大きめすぎてなんだか心許ない。
それに比べてバスタオルが小さめだったりするのを
なんとか巻き方でごまかし、露天風呂へ。
結構深いので、小柄な私たちだと
本来なら肩あたりまでつかってしまうところを
少し腰を浮かし、片手で身体を支えて
反対側に足を横流しにするという
ちょいとばかり厳しい体勢をとる。
しかも、映像的な効果を考え、
湯がぽこぽこ沸いているあたりにつかっている。
これが思いのほか熱い。
吹き出る汗を拭い、拭い、ごまかしごまかし、
熟女ふたりは優雅に艶然?と微笑みつつ
お湯のなかでは、
ゆらゆらと身体がお湯に流されそうになるのを
必死に片手で支えてふんばっていた。
テレビでよく見る、片手でお湯を首筋や肩にかける
あの仕草もやった。
まったく似合っていないのは自分でよくわかる。
これ、誰がみたいんだ?と自問自答しつつも
要求されればなんでもやるのが仕事というもの。
いやはや、入浴シーンは
思っていたよりずっと体力がいる。
グラビアアイドルや、B級女優の温泉レポートなんかを
「あら、温泉つかってニコニコしてればいいんだからいいわね」
と、これまでは冷ややかに見ていたのだが、
温泉つかってニコニコの影にこんな苦労があったとは。
何事も体験してみないと分からないものである。
ちなみに、後日、編集した映像を見せてもらったら、
入浴シーンは当初の予想通りほんの一瞬。
しかも私は後ろ姿。
でっかいくて白くて丸い背中は
雪だるまがお湯につかっているように見えた。
雪だるまならお湯につかったら小さくなるが、
私は残念ながらそのまんまだった。
こんな仕事をしているおかげで、
ホントにいろんな体験をさせてもらっている。

- Profile -
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東 千絵 (ひがし ちえ)
「プロダクション・アーニング」代表。CM・番組ナレーション、イベント出演、司会、映画・ドラマの方言指導などを手がけるかたわら、地元の演劇集団K-CATに所属。
電子書籍「そうだったのか、日本食」など、ライターとしても活躍の場を広げている。