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第六回 熟年サラリーマンのプラトニックラブ

男と女の究極の愛は、プラトニックラブだ

泥酔一歩手前の熟年サラリーマンは、
夜更けのバス停で、酒臭い息を吐きながら、
部下とおぼしき若いサラリーマンに語っていた。
若い彼は、あまり酔っていないようで、
ちょっと顔を曇らせながら、上司の顔を見ている。

バスが来るまでまだしばらく時間があった私は、
面白そうなのでそっと聞き耳をたてた。
「お互いへの愛情がわかってさえいたら、
身体の関係なんかなくても、
いや、むしろないほうが、良い関係が長続きするもんだ。」
と熱く語る、上司。
醒めた顔の、部下。
その横で聴いていないふりをしつつも、
まだまだそんな枯れた境地にはなれない
自分の浅ましさに恥じ入りつつも、
「そんなものかしら?」と怪訝な顔の私。

若い部下くんは、
「いやぁ、僕にはムリです。相手も自分のことを好きだと分かったら
 やっぱり、男女の仲になりたいと思いますよ。」
と、正直だ。
「心と心がつながっていれば、身体の関係なんて、どうでもいいもんだぞ。」
上司は自説を曲げない。

若い男性の草食化が話題になっているというのに、
今私の隣で交わされている会話は、
まったく逆だ。

「肉欲を飛び越えた向こう側にあるのが、尊い真の愛情だ。」
酔っぱらっているわりには、難しいことを言う上司。
「あ、部長は、そんな尊い愛情にたどり着いたお相手が 
いらっしゃったんですか。」
部下くんが訊ねている。
私もそれが知りたいと思った。

夜更けのバス停で、泥酔一歩手前状態になりながら
部下に愛について語っている熟年サラリーマンが
いったいどんな恋愛をしてきたのか、
もしくはしているのか。

固唾をのんで私は、上司の答えを待っていた。
部下くんのほうは、
もしかしてどうでもいいと思っているのかもしれない。

「いる。」
上司は、厳かに言った。

なんと、現在進行形かぁ。
やる~っ!
私は心のなかで、ぴゅ~っと口笛をならした。
すかさず、私は横目でその上司の左手薬指を確認した。
そこには、結婚指輪が光っている。
プラトニックな関係の不倫相手がいるということだ。

しかし、上司はそんな部下くんの気持ちも
おかまいなしで話しを続けた。
「家内だ。ここ数年の家内との関係だね。」

ええっ~~!
なんだ、それ。
ただのセックスレスの言い訳じゃないかっ。
思わず、つっこみをいれそうになったがさすがにこらえた。

部下くんは、ますます困りながら
「はぁ。」とだけ返事をした。

バスが到着し、その上司は千鳥足で乗り込んでいった。
肉欲を飛び越えた向こう側にある
尊い愛のマイホームに帰る彼の背中は、
なんだかやたら小さく見えた。

- Profile -

東 千絵

東 千絵 (ひがし ちえ)

「プロダクション・アーニング」代表。CM・番組ナレーション、イベント出演、司会、映画・ドラマの方言指導などを手がけるかたわら、地元の演劇集団K-CATに所属。
電子書籍「そうだったのか、日本食」など、ライターとしても活躍の場を広げている。

バックナンバー

10月1日 第三十七回 「またね!」
9月1日 第三十六回 「苦手は、悪知恵で乗りきった」
8月1日 第三十五回 「命の終わらせ方」
7月1日 第三十四回 「お酒と私」
6月1日 第三十三回 「千里の道も一歩から」
5月1日 第三十二回 「女ごころの最後の悪あがき」
4月1日 第三十一回 「ドラマオーディション体験記」
3月1日 第三十回 「逃げ道が見つからないので、きんかんの甘露煮」
2月1日 第二十九回 「そのドアを開けてはいけない」
1月1日 第二十八回 「正月支度」
12月3日 第二十七回 「劇処 シャッフルステージ」
11月1日 第二十六回 「乗っかりそびれたハロウィン」
10月4日 第二十五回 「女って、生きているかぎり闘い続けるものなのよ」
9月3日 第二十四回 手塩にかけたナレーターたちのデビュー
8月1日 第二十三回 大人、大人、言いすぎじゃないの?
7月5日 第二十二回 靴が見つからない
6月8日 第二十一回 地獄の抑止力
5月3日 第二十回 最後まで笑顔
4月3日 第十九回 桜を見ずに逝った人
3月1日 第十八回 うるう年の薔薇
2月1日 第十七回 奥手な女子の初バレンタイン
1月2日 第十六回 愛しの近江町市場
12月1日 第十五回 どのツラさげて
11月1日 第十四回 結婚式の思い出
10月1日 第十三回 輝きの秘密は、言わぬが華
9月1日 第十二回 魔女と仙女と魔法使い
8月1日 第十一回 去っていった古女房
7月1日 第十回 恥ずかしかった誕生日の夜
6月1日 第九回 撮影裏ばなし
5月1日 第八回 歌うシンデレラと、歌えない仙女
4月1日 第七回 台湾、満喫、満足、満腹の旅
3月1日 第六回 熟年サラリーマンのプラトニックラブ
2月1日 第五回 報われないけど、やり甲斐のある仕事
1月1日 第四回 泣きたいときは泣いてもいいのか
12月2日 第三回 持てあました、夢見る権利
10月30日 第二回 煙草とトワレ
10月1日 第一回 ヒロインはいつもリカちゃん