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第五回 報われないけど、やり甲斐のある仕事

先日、何年ぶりかで方言指導の仕事をしてきた。
短編ドラマ仕立ての長尺CMである。
さて、方言指導ってなんだ?
と思われる方もいるかと思うので
ざっくりと説明しよう。

ドラマや、映画、CMなどで方言を使う場合、
標準語で書かれた台本を、方言になおし、
感情をいれない状態で、お手本用の台詞を収録する。
事前に役者さんと、
方言のイントネーションやアクセントの練習をする場合もある。
ロケに付き合い、現場で監督さんや役者さんが
アドリブで考えた台詞を方言にしたり、
方言が間違っていないかチェックする。
この仕事、方言が喋れれば誰でも良いのかというと、
そういうわけではない。
標準語と、方言のアクセントを聞き分け
演技に結びつけた指導ができないと務まらない。

方言にする際も、あまりにも
こてこての方言にしてしまうと、
他県の人が分からないと言われるので、
そのあたりも考えて監督と相談しながら
落としどころを見つける。
老人の台詞か、若者の台詞かでも
方言は微妙に違ってくる。

こうしていろいろ苦労しているにも関わらず、
オンエアを見た地元の友人たちは
「な~んか、方言が微妙だよねぇ」と文句を言う。
そりゃあそうだろうと思うので、
反論はしないのだが、
なかなか報われない仕事だと痛感するのである。

これまで何本かの映画と、連続ドラマ、
CMなどの方言指導を引き受けてきた。
映画やドラマのロケは、長期に渡るし、
1日のスケジュールもぎっしりつまっていて、
早朝から深夜まで及ぶことが多々ある。

今回も、朝7時半集合で私が開放されたのは
24時という日もあった。
現場ではほぼ、立ちっぱなし。
カメラがまわる時に、どの位置にいるかも
その都度自分で判断しないといけない。
役者さんから離れすぎると、役者さんが不安がるし、
かといって近いと画面に写りこんでしまう。
やっと見つけた場所は、
照明さんや音声さんが陣取りたい場所のことが多く
「ちょっと、そこ空けてください」と言われる。

方言指導の名のもとに現場に行くと
一応『先生』と呼ばれるのだが、
現場がバタバタしてくると、
「あ、先生、そこジャマで~す」
「先生、どいてください!」
と、扱いはかなり雑になる。

では、なぜそんな過酷で割に合わず、
報われない仕事を引き受けるのか。
それは、撮影現場の雰囲気が好きだからだ。
なんとも言えない緊張感や、
スタッフ、キャスト一丸となってひとつの作品に向かう姿は
舞台公演の現場とよく似ている。
そして、台詞終わりに不安そうな顔で
「今の、大丈夫だった?」と聞いてくる役者さんに、
「完璧でしたよ」と返すと、
ホントに嬉しそうな笑顔になるのを見ると
疲れも吹き飛ぶ。

いろんな役者さんたちの
素晴らしい演技を目の前で見られるのも嬉しい。
三國連太郎さんの臨終の演技は、素晴らしかったし、
柄本明さんと竹中直人さんのケンカのシーンも凄かった。

休憩中に、役者さんたちと
芝居の話や映画の話をはじめ
なんでもない雑談を
親しくできることも楽しみのひとつだ。
東京や名古屋で長期滞在したロケのときは、
役者さんたちと呑みに行くこともあった。
親しくなった役者さんが、
私の東京公演の際に
わざわざ観に来て下さったこともある。

渡部篤郎さんと初対面のご挨拶の際には、
自らすっと握手をもとめられたので、
手を差し出すと、その手をぐいっと引き寄せて
耳元で「頼りにしてるよ」と囁かれた。
これにはすっかりハートを射抜かれてしまった。
いやはや、こんなことは
方言指導をしていなければ経験出来ない役得だ。

そうそうしょっちゅうはないけれど、
きっとまた依頼されたら
引き受けるのだろうなと思う。
私のような役割の人は、全国各地にいらっしゃるだろう。

これからは、ドラマや映画のタイトルロールに
「方言指導」とあったら、
ちょっとだけ注目していただけたらありがたい。

- Profile -

東 千絵

東 千絵 (ひがし ちえ)

「プロダクション・アーニング」代表。CM・番組ナレーション、イベント出演、司会、映画・ドラマの方言指導などを手がけるかたわら、地元の演劇集団K-CATに所属。
電子書籍「そうだったのか、日本食」など、ライターとしても活躍の場を広げている。

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9月1日 第三十六回 「苦手は、悪知恵で乗りきった」
8月1日 第三十五回 「命の終わらせ方」
7月1日 第三十四回 「お酒と私」
6月1日 第三十三回 「千里の道も一歩から」
5月1日 第三十二回 「女ごころの最後の悪あがき」
4月1日 第三十一回 「ドラマオーディション体験記」
3月1日 第三十回 「逃げ道が見つからないので、きんかんの甘露煮」
2月1日 第二十九回 「そのドアを開けてはいけない」
1月1日 第二十八回 「正月支度」
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11月1日 第二十六回 「乗っかりそびれたハロウィン」
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3月1日 第十八回 うるう年の薔薇
2月1日 第十七回 奥手な女子の初バレンタイン
1月2日 第十六回 愛しの近江町市場
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10月1日 第十三回 輝きの秘密は、言わぬが華
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1月1日 第四回 泣きたいときは泣いてもいいのか
12月2日 第三回 持てあました、夢見る権利
10月30日 第二回 煙草とトワレ
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